私が少年だった頃、庭に一つ特異な穴がありました。特別な存在感を放つそれは、周囲の景色と違和感を醸し出していました。その存在は私と私の兄だけが認識できました。大人たちは、その奇妙な穴をただ土のくぼみとしか見ていませんでした。
ある日、夕闇が迫る中、私たちはその穴の近くで遊んでいました。兄が思い切りボールを蹴り、それが穴の中に吸い込まれてしまいました。私たちはお互いを見つめ、誰がボールを取りに行くか決めました。不運にもその役割が兄に回ってしまいました。
躊躇いながら兄は穴に近づきました。慎重に腕を伸ばし、ボールを探そうとしたのですが、突如として兄の身体が穴に吸い込まれました。その瞬間、私の心はパニックに包まれ、庭は静寂に包まれました。兄の叫び声は穴の奥深くに消え、戻ってくることはありませんでした。
その夜、私は一人で家に戻り、両親に兄の消失を伝えました。警察が動き、庭は捜索されましたが、穴はただのくぼみと見なされ、私の主張は無視されました。兄は行方不明とされ、時間は経ちました。
数年後、私はその家を離れ、大学で新たな生活を始めました。しかし、ある日、突然父から電話がありました。父は、朝起きると庭にあの日兄が消えた時になくしたボールが落ちていた、と言いました。私の心は氷のように冷たくなりました。それは、あの日兄が蹴り入れたボールだったのです。間違いありません、兄の名前が記憶そのままに書かれていたのです。
私はすぐに家に戻りました。庭に立ち、穴を見つめました。その穴は以前と変わらず、ただそこに存在していました。しかし、中から出てきたボールは、兄が消えたあの日の証拠でした。私は、その穴が兄をどこへ連れて行ったのか、一体何が起きたのかを知りたいと思いました。
恐ろしくも惹きつけられるその穴の前で、私は長い間立ち尽くしました。兄が消えてから何年も経ち、その事実を受け入れるしかないと思っていました。しかし、ボールが戻ってきたことで、再び穴に対する不安と恐怖が私を襲いました。
今、私は大人になり、穴の存在を認識する者は私だけです。何が起こったのか、何が起こるのか。私には答えを見つける手段がありません。ただ、穴が再び何かを吐き出す日が来るのか、それとも再び誰かを取り込むのか、恐怖とともに待ち続けるしかありません。
- タイトル
庭の穴
- タグ
- 穴
- 投稿者
- S. A.
- 投稿日
- 2023-07-13