ある日、長い仕事の日が終わり、家に帰る道中で電話が鳴った。通話画面には、既に亡くなったはずの母の名前が映っていた。驚きと疑問が脳を駆け巡った。しかし、勇気を振り絞って通話ボタンを押した。
 "おかえりなさい"、聞き覚えのある母の声。その声は、それが母であるということを確信させた。まるでこの世のものとは思えない、でも確かにその存在を僕は感じていた。
 時が過ぎ、一通の電話が日常の一部となった。母からの電話は、毎日の仕事帰りに鳴るのが習慣となり、その声を聞くのが日々の癒やしとなった。
 しかし、ある日を境にその日常は奇妙な方向に向かっていった。僕が帰宅した後に電話が鳴るようになったのだ。そして電話の中の母は、どこか冷たく、感情を失ったような口調になっていた。
 そして、最も恐ろしい事実が明らかになったのは、その日の夜だった。電話が鳴り、僕はいつも通りに応答した。すると、母から聞き覚えのある声で、「あなた、誰?」と問いかけられた。そして、その声は急に僕を非難するようになった。「あなた私の子じゃない。誰かが取り替えたんだ」と。
 怖さに震えながらも、僕は周りを見渡した。鏡に映ったのは僕自身の姿だった。しかし、その姿はどこかおかしかった。そして、気づいた。鏡に映る僕の姿は、徐々に変化し始めていたのだ。髪の色、瞳の色、身長、体形、全てが変わっていった。
 僕は狼狽して、自分に非があったことを何度も何度も詫びた。電話の向こうからは母の恐怖に満ちた叫び声が聞こえてきた。「あなたは誰なの?」という母の問いに答えることができないまま、僕は自分が誰なのかすら分からなくなってしまった。そして、最後に電話の向こうから聞こえたのは、「助けて」という母の悲痛な叫びだけだった。

タイトル

母からの電話

タグ
電話
投稿者
S. A.
投稿日
2023-07-16
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