僕は昔、田舎に住んでいました。あの静かな町には少し変わった風物詩がありました。夏になると彫刻家の祖父が、町の子供たちへ「夏祭りの顔」を彫るのがそれでした。子供たちは皆、祖父の腕前に心から尊敬の念を抱いていました。祖父の手によって生まれる木の顔たちは驚くほどリアルで、まるで人間そのもののようでした。
 ある年の夏、僕が十二歳の時のこと。祖父は僕に「今年の夏祭りはお前の顔を彫るよ」と言いました。僕は嬉しさで躍りました。しかし、その晴れやかな感情がすぐに曇るとは、その時は想像もしていませんでした。
 祖父が僕の顔を彫り始めると、何かが違うことに僕はすぐに気付きました。祖父の手つきが、それまで見てきた丁寧なものではなく、どこか乱暴でした。でも、それ以上に気になったのは、祖父の顔の表情。今まで穏やかだった祖父の顔が、僕の顔を見つめながら次第に変わっていきました。
 彫刻は完成しました。しかし、その顔は僕の顔ではありませんでした。まるで溶けるかのような形、変形したその顔は、人間のそれとは思えませんでした。そして、祖父の顔は、彫刻が完成すると同時に僕の知っている穏やかな顔に戻りました。
 夏祭りの日、町の子供たちは皆、祖父が作った「顔」を見て驚きました。そして、その恐ろしい出来事が起こりました。夏祭りの夜、僕の顔は彫刻の顔と同じように、まるで溶けるかのように変形し始めました。
 恐怖にかられた僕は、自分の部屋に籠もりきり、友達や家族の誘いも断って、全てが元通りになることを祈りました。翌朝、僕の顔は元通りになりました。そして、その後の夏祭りでは、祖父は二度と「顔」を彫ることはありませんでした。
 今も僕は、あの日のことを思い出す度に、不思議と恐怖を感じます。あの出来事が何だったのか、祖父が何を感じていたのか、真相は永遠に謎のままです。

タイトル

夏祭りの顔

タグ
祭り
投稿者
S. A.
投稿日
2023-07-15
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