東洞院通(京都市の南北の通りの一つ)という通りで牛飼いが牛車を引いていると、向こうから単衣着物を着た、30歳ほどの女と行き会った。
 すると牛が歩みを止めてその女を見つめて動かない。女のほうも足が竦んで動けない様子。
 まるでイロハ草の葉のように向き合って微動だにしない。
 牛飼いは、このような時には「女の下着を外して牛の目を覆えば牛は動き出す」ということを知っており、それを女にお願いして牛の目を覆ったところ、牛は再び歩き始めた。女のほうも足が動くようになって歩き始めた。
 そうして家に帰り着いた女は、しばらくして死んでしまったという。
 昔話のような話だが、実は最近のことなのだ。

<原文>

東の洞院とかやに、牛車やり出すところ、むかふより三十ばかりなる女の、きぬきよそひたるがゆきあひたり。 牛この女をきとみてうごかず。 女もすくみてあゆめず。 いろは草の葉のやうなり。 牛飼かねて心得て、かやうの時は、女のたふさぎはづして、牛の眼の上にかくれば、牛うごくといふことなれば、その女にこひ、褌をはづしてかけふさぎければ、あゆみ出したり。 女もあしかなひてあゆめり。 さて家に帰れば、やがてたえいりたりとぞ。 むかし物語のやうなれど、これ現在この頃の事なり。

タイトル

牛と女

タグ
まじない
投稿者
S. A.
投稿日
2023-08-12
出典
筱舎漫筆
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