夏の夜の匂い
私がこの体験をしたのは成人を迎えた一昨年の夏、遠くに住む祖父母の家に滞在していたときのことです。
祖父母の家は一軒家で、とても広い庭があって、夏の夜はキリリとした風が吹き抜ける場所でした。
その日は夜中、静寂が広がる中、庭から髪の毛を焼いたような、妙な臭いが立ち込めてきました。なんとなくその臭いを辿るように、私は庭へと足を進めました。
庭に出てみると、何も見えず、ただ闇とその臭いだけが広がっていました。しかし、臭いは強まる一方で、異常さを感じ、私は家に戻ることを決めました。
家に入ると、廊下の突き当たりから光が漏れていました。そこは祖父母の部屋。しかし、この時間に何をしているのか、疑問に思いながら、そっとドアを開けました。
部屋の中では祖母が一人、何かを見つめていました。その手には、燃える火のような赤く光るものが握られていて、そのものが、その臭いの源だとすぐに分かりました。
祖母が持っていたのは、私が子供の頃に長く遊んだ人形の一部。しかし、その人形の髪の毛は焼かれ、形も残っていませんでした。
私が驚き、その場を立ち去ろうとしたとき、祖母は突然、私を見つめ、笑いました。その笑顔は普段の優しい祖母のそれではなく、怒っているような、悲しんでいるような、今までに見たことのない祖母の顔でした。
私はその場を逃げ出すようにして部屋を出ました。そして、夜が明けるまで自分の部屋で震えながら過ごしました。
翌朝、祖母は何事もなかったかのように朝食を作り、昨夜のことについては一切触れませんでした。しかし、私の心の中は、あの祖母の異様な笑顔と、あの臭いがまだ残っていました。
結局、今に至るまで祖母どころか祖父にも、母にも、そのことは聞けずにいます。なんだか触れては行けない気がしていて。